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著名人インタビュー この人に聞きたい!
渡邊雄一郎さん[シェフ/ジョエル・ロブション エグゼクティブ]



第2章 決断、そしてプロを目指して

プロ野球も考えた、先生も目指した。でも、心の底で常に問いかけがあった。

【渡邊】実は、中学、高校では野球をやっていました。清原選手や桑田選手と同じ世代で、中学時代はキャプテンとして全国大会まで行き、高校でもレギュラーで、最終的には千葉県のベスト4ぐらい。高2で体験した野球部の冬の練習は地獄の苦しみで、いまだにあれを超えたしんどさはないという経験もしました。プロ野球の選手になろうと思うぐらい頑張ってやっていたんです。あるいは、野球も教えながら社会科の先生になるという願望もあった。でも、常に心の底には「料理人をやらなくていいの?」という問いかけがあったんです。「コックさん、かっこいいじゃない」という先生の声が耳に残っていて「おれ、やらなきゃいけないのかな」と思ったり。

「勝手にサインしてきた」 そのときの顔が忘れられないと、いまだに父親が言います。

渡邊雄一郎/シェフ

【渡邊】大学を目指して浪人していたある日、もう入試の直前でしたが、親に内緒で、一人で新幹線に乗って、大阪の辻調理師専門学校の一日体験入学に行ってきたんです。料理のことがずっと頭から離れなかったから。ところが、そこで作ったオムレツが、自分で言うのも何だけれども、うまくできてしまったんですよ。先生方もびっくりして「君はどこで働いていたの?」と。プロの先生方に褒められたことは強烈な印象で、すごくうれしかった。

早速、千葉の実家に帰りまして、親に話したんです。「実はこういう理由で、辻調理師専門学校に行って、勝手に入学のサインもしてきました」と。「そのときの顔が忘れられない」といまだに父親が言います。目を輝かせて、希望に満ちて、あんな表情は初めてだったそうです。「それだったらしようがない」と。とりあえず大学は出てほしいと願っていたらしいので、黙って許してくれた親にはほんとうに感謝しています。

「おまえ、フレンチ、やめろ」って真顔で言われたんですよ。

【渡邊】専門学校の2年間、「自分はプロになるんだ」という意識を高く持ち、他人には負けたくない、早くいいシェフになりたい、料理をきっちり覚えて美味しいものを作りたいと思いながら学んでいました。

私はもともと左利きなんですけれども、和包丁は全部片刃で、調理場のシステムも全部右利き用になっています。西洋料理では左利きのシェフもたくさんいますし、包丁も両刃なので、特に支障はありません。左利きの僕が和食の調理場に入ると和を乱さないかなと変に気を遣った部分もありますけれど、最終的には自分で食べるのが一番好きだったのが西洋料理だった。それでフランス料理の道を選択したんです。

働き始めた頃のエピソードがあるんですよ。まかない料理は、入って1、2年の人間が担当しますが、僕は中華料理が得意だったので、ある日、手羽先のピリ辛煮込みのような料理を作ったんです。そうしたら副料理長に呼ばれて「おまえ、フレンチ、やめろ」と。「将来開けるから、中華料理をやりなさい」と真顔で言われました。いい味を作れたことはすごくうれしかったんですが、反面、悲しい、複雑な思い出でもありますね。(笑)