●第1章 教育への関心、そして現場主義

「僕が得てきたプラスを社会に還元する番だと思ったんです。」

【乙武】実は、学生時代のころから教育に対する関心はあったんです。『五体不満足』を書く前に、真剣に勉強して、国家公務員I種の資格を取って文部省に入ろうかなんて思ったこともあったくらいで。でも、関心が具体化したきっかけは、2003年、長崎で起きた当時12歳の少年による園児誘拐殺害事件でした。僕はそのときの報道に対してすごく違和感を持ったんですね。というのは「凶悪犯罪の低年齢化だ」「酒鬼薔薇の再来だ」といったものばかりで、「周りの大人たちは何をしていたのか」という視点が大きく抜け落ちてしまっているように感じたからです。犯罪者になるつもりで生まれてくる子は一人もいません。その12歳の子は、どこかでSOSを発信していたと思うんです。それに大人たちが気付き、事件を起こす前にしてあげられることは何かなかったのか。報道にはその視点が欠けていました。

子どもは大人や周りの環境で大きく変わっていくものだと気付いたときに、改めて自分はすごく恵まれてきたなと思ったんですね。重度の障害はあるけれど、まずは両親に恵まれ、先生方、地域の方々、そして友達に恵まれたからこそ、卑屈にならず、前向きに人生を歩んでくることができました。であるならば、得てきたプラスの部分を、今度は僕から子どもたちの育つ環境に還元できないか、教育への関心が具体化を始めたわけです。

「現場を知る大切さは教育でも同じだと思っています。」

【乙武】5年間スポーツライターをして実感したのは現場の大切さです。試合にも練習にも足を運び、プレーを生で見て、コメントをじかにお聞きする、そこから始めないと何も語ることができません。ですから、教育の分野で活動することになっても僕のスタンスは全くぶれませんでした。興味や関心だけで飛び込むのではなく、まずはしっかり勉強することが必要だと思ったんですね。

勉強には、机での勉強と現場を見る勉強の2種類あると思っています。現場の子どもたちから感じとるものがあるだろうから、きちっと見たいと思っていたので、新宿区から「子どもの生き方パートナー」として区内の学校を回る仕事をいただいたときには、いわば「渡りに舟」、本当にありがたいなとお引き受けしました。

区立の小中養護学校の全42校を何とか１年間で回るつもりで、いま折り返し地点の21校を過ぎたところです。そこでは授業を見せていただいたり、子どもたちからの素朴な質問を受けることもあります。一緒に給食を食べたり、休み時間にはドッジボールをしたり、中学校では部活を見せてもらったり。子どもたちとの交流のほかに、放課後には先生方から普段感じていることを聞かせていただいています。