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著名人インタビュー この人に聞きたい!
高野登さん[ザ・リッツ・カールトン・ホテル日本支社 支社長]



第2章 ホテル業界の魅力とは

なんでもやってみる。安全圏を飛び出す。そこから面白さが始まるんです。

【高野】例えばレストランや車のディーラーでも、お客様と1対1で接する機会があるんですが、ホテルは滞在時間が圧倒的に長いわけです。1泊するだけでも少なくとも12時間以上は接点があります。従いまして滞在中には、場合によっては5人、10人のホテルマンと接点があるわけで、1人のお客様に対して10人のホテルマンが、それぞれ何かほっとすることを提供する機会がある。逆に、お客様も10回ぐらいはホテルマンに話しかけ、育ててくださる機会もあるわけですよね。ホテル産業がピープル産業と言われるゆえんかもしれません。

ホテル業界の一番大きな魅力は、お客様に喜んでいただくことをシミュレーションすることができ、なおかつ自分でそれを実践できることです。お客様に喜んでいただく心のスイッチの入り方がそれぞれみんな違うんですよね。このお客様にはこういうことをして差し上げたい。こういう情報を用意しておいてあげたいとシミュレーションしながら、実際に試してみることができるんです。それがお客様の感性にピタッと入って「何回も来たことがあるけれども、こんなに楽しいハワイは初めてだったよ」と言われると「やった!」と。この「やった!」が心の栄養素、ごちそうなんです。ホテルマンが「今、自分は元気になっているな」と感じる瞬間というのは、シミュレーションがピタッとはまって、お客様に本当に喜んでもらったときです。

もちろん、どんなに頭の中でシミュレーションをしたとしても、お客様がそのとおりに反応してくださるとは限りません。時として空回りしたり、すべってしまうこともあります。でもそれでも怖がらず、どんどんシミュレーションを実行することが大事なのです。ホテルマン人生の間、ずっとすべり続けるわけではないです。逆にすべった数によって自分の感性の幅が広がっていくと考えて、恐れずに一歩踏み出すことですよ。もちろん相手の名誉を傷つけるとか、財産とか命に関わることでは論外ですが、そうでない範囲なら、1回ぐらいお客様に怒鳴られてもいいんです。そういうホテルマンのほうが成長していくと思います。

だから、実はそんなに難しいことではない。何に対しても興味を持ち、遊び心を持ち、お節介になるぎりぎりのところまで、まず何でもやってみる。失敗や批判を恐れるあまり、やらないで済ませるという安全圏をとにかく飛び出す。

ビジネスエチケットという常識の中で、みんな「いや、こんなことまではするべきではない」と最初から切り捨てているわけですね。でも、最初から常識だとされているものをもう一度見直せば、意外に面白いことがいろいろできる。

こういうことも含めて、ホテルというのは本当に面白い仕事ができる舞台なんですね。

インターナショナルな感性は、実はドメスティックな感性につながっていくと思うんです。

高野登/ザ・リッツ・カールトン・ホテル日本支社 支社長

【高野】また、ホテルの仕事にはインターナショナルな感性が必要ではないかと言われますが、国際性とは、一番ドメスティックな感性につながることだと思うんですよ。

いつも海外で働きながら思っていたことですが、国際ホテルマンとはどういうことか。要は、自分の国に対する基盤がきちんとしていて、その基盤の上に海外を見据えるだけの力がある人なんですね。自分の反省も踏まえて、インターナショナルな場にいた経験だけはあるけれども、その点が欠如してしまっていることがあります。

例えば私が海外に出て一番苦労したのは、外国人が歌舞伎などの日本の伝統芸能や文化の話題を持ち出してきた時でした。彼らは、僕には当然そういう日本文化の基盤があってアメリカで仕事をしていると思っているわけです。でも、日本の文化や日本の良さをきちんと伝えることがいかに難しいか。日本人だからできるというわけじゃないです。

ホテルで働く魅力のひとつはたくさんの人と出会えることですが、頭を下げて「いらっしゃいませ」「いってらっしゃいませ」の出会いだけではありません。仲良くなった外国人のお客様に、自分の仕事がオフのときに歌舞伎の案内をすることがあるかもしれないのです。あるいは国技館へ相撲見物に連れていくこともあるかもしれない。そのときに、土俵の上にある水引幕の模様をちゃんと説明できるかどうか。なぜあの四隅に房があるのかということも含めてちゃんと話ができるかどうか。

ホテルマンになり、いろんな人と会っていると、いろんなことをどんどん知りたくなっていきます。浅く広くでいいと思いますが、せめて自国の文化や伝統に関しては知識を吸収しておくこと。そのうえで、どこの国の人とも同じ目線でコミュニケーションがとれること。つまり民族的、文化的な背景からくる相手の違いを認め、尊重するという思考回路を持つこと。このことはグローバル社会においてはすごく大事なことです。

それに関連しますが、他人の心の痛みがわかることも大切です。例えば違う宗教観を持っている外国人の行動を、日本の常識で判断、批判することで相手が傷ついてはいないだろうか。たとえ自分には奇異に感じることでも、彼らにとっては常識だとわかってあげる感性があるかどうか。つまり国境を越えた多様性を受け入れることが出来るかどうか。これが僕は国際人としての心の立ち位置ではないかなという気がするんですよね。