HOME > この人に聞きたい! > 乙武洋匡さん(スポーツライター)

著名人インタビュー この人に聞きたい!
乙武洋匡さん[スポーツライター]

写真:乙武洋匡さん

1976年、東京生まれ。
大学在学中に著した『五体不満足』(講談社)がベストセラーに。大学卒業後は、「スポーツのすばらしさを伝える仕事がしたい」との想いから、スポーツ・ライティングの仕事を中心に活躍しているが、今年度より、新宿区教育委員会の非常勤職員「子供の生き方パートナー」として学校に赴くなど、教育分野に活躍の場を移しつつある。


第1弾では、乙武さんが教育分野に足を踏み入れたきっかけと、現在、学校現場で感じていることについてお話をお伺いしました。今回はその続編として、実際に教育現場で必要とされていること、教育に取り組む大人たちの新たな動き、そして、将来を考え始めた子ども、親、先生へのメッセージをお伺いしました。



第3章 「このままではやばい」と思うから。

「子どもたちには「まず誰かに話そうよ」と僕は言いたいと思っています。」

乙武洋匡/スポーツライター

【乙武】クラスメイト同士の仲間意識が薄い、家庭と学校がつながっていかない、じゃあ、その絶望感を解消する方法は何か。僕が思っているのは、まずコミュニケーションの部分です。最近の少年犯罪で、ある意味ノーマークだった子が事件を起こす傾向があるのは、問題を抱えていたのに大人たちが気付いてあげられなかっただけなんですよね。

しかし、そうは言っても、いまの先生方はもういっぱいいっぱいです。新宿区などは小規模校が多くて、そこでは先生も人員削減されてしまっているんですね。それなのに運動会の準備や遠足の下見などに必要な人手は変わらない。小規模校の先生方は明らかに大変なんです。また、ゆとり教育で週休2日になり、土曜の授業分が各曜日の6時間目に盛り込まれました。今まで事務作業に充てていた放課後すら凝縮させられて、本当に先生方は大変な状況にあります。その中で、子どもたちが出すわずかなSOSを見逃さずに一人一人対応しろというのは、現実として「いや、先生も人間だし、難しいよなー」と感じるんですよね。

そう考えたときに、子どもたちには「まず誰かに話そうよ」と僕は言いたいです。中学生ぐらいの反抗期になると意味もなくイライラして、「うるせえ、クソババア」「先公なんか信用できねえ」と平気で言うわけですよ。先生方が「君たちは、たまたまクラス替えで一緒になっただけではなく、本当にわかりあえる大切な存在、仲間なんだよ」というクラスづくりをしてくれれば、親が嫌いで、先生が信用できなくても、「隣の机にいるコイツになら悩みが言えるよね」となって、「実はこんなことで悩んでいるんだ」「おれも似た思いがあるよ」「あ、お前もか」と、例えば一人で悩んだ挙げ句に爆弾を投げ込む、その一歩前で解決できたのかなと思うんです。名字が言えないような希薄な関係ではなく、お互いがどんなことを考えているか、仲間がどんなことで傷ついているのか、それを思いやったり、自分からオープンにするというコミュニケーションが、まずは突破口になるかなと感じています。

「真剣に動き始める大人が増えてきています。僕もその一人です。」

【乙武】最近、教育の世界では「このままではやばい、何とかしなければ」と真剣に動き始めた大人が増えてきています。僕もその一人ですが、そこに、もう一つの光明点があるのではないかと感じています。

日本は敗戦後からバブルが崩壊するまで、誰もが馬車馬のように働いていました。経済復興を果たすことに社会的な生きがいを見出していたからです。だから、「ああ、自分はいいことをしているな」と頑張って働くことができました。しかし、バブルが崩壊したときに、物質的な豊かさには行き着いたとみんなが気付いてしまった。しゃにむに働かなくても何とか食っていける、ニートでも十分生きていける世の中になったわけですよね。稼ぎや経済活動が生きがいではないと気付いて、高収入の会社に就職しても辞める若者が増えてきてしまいました。その一方で、NPOやNGOのように全く儲からないけれども生きがい、やりがいを感じられる職場にすごく意識が向いてきているんです。そこでは外資系企業の5分の1ぐらいの年収しかもらえないけれどもやりがいがある。そういう職種に彼らは目が向いている。

となると、この教育界は、まあ儲からないです。でもね、この国を建て直していくためには教育が大事なんじゃないのと気付く若者が多分増えてくるだろうなと思うんです。その意味で、80万人とも言われるニートの問題は、逆にチャンスに変わるかもしれません。

僕も新たに小学校の教員免許を取ろうと、この4月から6年ぶりに大学生になりました。 作家の重松清さんにお会いしたのがきっかけです。重松さんも、子どもの問題をテーマにした小説という形で教育界にさまざまな問い掛けをされているのですが、このインタビューの第1回で登場した藤原先生が校長をされている和田中でお会いしました。その折に教育免許の取得を勧められたんです。この先、教育界に活動の場を移したときに、教員免許を持っていないからといってお客様扱いされるのは、負けず嫌いな僕には我慢できないでしょう。だから、きっかけを与えてくださった重松さんには非常に感謝しています。

大学の教職課程には、僕と同世代の、すごく優秀で、思いもある立派な若者が多く集まってきています。こういう人たちが切磋琢磨して行動を起こしていけば、子どもたちの問題も解決していけるのかなと望みが高まってきています。来年、ワールドカップで盛り上がっている最中に、僕はスポーツライターの本業をさしおいて教育実習でどこかの教壇に立っているかもしれませんね。