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著名人インタビュー この人に聞きたい!
乙武洋匡さん[スポーツライター]
[INDEX]
No.3(第1弾)
- 第1章 教育への関心、そして現場主義
- 第2章 教育現場で感じた子どものこと、先生のこと
No.4(第2弾)
- 第3章 「このままではやばい」と思うから。
- 第4章 周りの大人へ、親へ、そして子どもたちへ
●第4章 周りの大人へ、親へ、そして子どもたちへ
「社会の中でこういうことをしたいんだね、の問い返しが大事かなと。」
【乙武】最近、気付いたんですが、子どもに「将来は何になりたい?」と尋ねることはあっても「どんな人間になりたい?」と言うことは少ないですよね。でも、実はその抽象的な問い掛けのほうが大事かなと。極論かもしれませんが、職業って多分何でもいいんですよ。自分が社会の中でどういう人間でありたいのかがまず大事で、「それを成し遂げるための職業は何だろう」と考えないから、最近の若者は転職を繰り返してしまうのかなと思うんですね。学歴や学力を基準に決めてしまうから、会社に入って「やっぱり違う」になってしまうのかなと。
例えば「医者になりたい」と願う子がいて、幼いころから一生懸命勉強した。けれども、周りにもっと勉強のできるやつがいて、結局医学部には入れなかった。すると将来の夢が失われて、そこからガタガタッと崩れてしまってもおかしくない。だからこそ、例えば「僕は医者になりたい」と言う子には「君は人の命を助けたいんだね、体を安全な状態にしてあげることに興味があるんだね」、そう問い返してあげる。医学=医者しか見えていない子どもに、医学に携わる職業はほかにもたくさんあると教えることで、夢を実現する可能性はぐんと高まると思うんですよ。大事なことは「社会の中でこういうことをしていきたいんだね」という大人の問い返しです。村上龍さんが『13歳のハローワーク』をつくった最大の理由はまさにそこだと思います。
僕自身も中学生から高校時代にかけて、弁護士になりたかった時期がありました。でも、弱い立場の人を救ってあげたいからではなくて、「しゃべるのが得意だし、儲かりそう」が理由だと気付いて、結局諦めたんですね。「乙武君、君はなぜ弁護士になりたいの?」と誰かに問われていたらもっと早く気付けたのに、もったいない時間を過ごしたなと思います。職業ではなく、社会で何がしたいのかを子どもに問い返すことが、僕は職業選びの第一歩なのかなと最近考えているんです。
「親のほうが、いろいろな価値観を怖がって認めてあげられないんですよね。」
【乙武】村上龍さんと同じ意見なんですが、まず、親は価値観を一つに絞らないでほしいなと思うんですよね。エリートコースを進んでくれれば安心かもしれないですが、それだけが人生じゃない。そういう人たちがすべて幸せになっているわけでもないし、そこに進めなかった人がすべて不幸せということもない。本当に自分が活動したい分野に進もうとしたときに、後押ししてあげられる親であってほしいなと思うんですよね。むしろ親が怖がって、多様な価値観を認めてあげることができないんです。
子どもがこれから一人で社会に出ていくときは、すごく不安だと思うんです。しかも反抗期が終わると、信頼できるのはやはり親しかいないと気付くんですよ。そのときに、子どもが進もうとしている道を親が反対したり応援してあげなかったりしたら、本当に子どもは転覆寸前ですよ。後ろから支え、最後にぐいっと押して、大海原に送り出してあげられる、そういう親であってほしいなと思うんですよね。
最近、華道家の假屋崎省吾さんと対談したんですが、假屋崎さんは、庭で土いじりばかりしている暗い性格の自分を、お母さんに『省吾は好きなことをしていればいいんだよ』と認めてもらえたからこそ、今の自分ができ上がったんだと話してくださいました。でも、僕も自分の子どもが庭で草いじりばかりしていたら、「お前、野球でもしてこい」と言っちゃうと思います。男の子は外で元気に遊ぶものだという固定概念が自分にあるからです。しかし、お花や美しいものが好きという感性、個性をご両親に認められたからこそ、假屋崎さんのあの才能が発揮されたんですよね。すごく大事なエピソードだなと思います。
僕自身も将来、子どもができて実際に突拍子もない夢を言われたときに、初めて僕の親としての度量や勇気が試されると思うんです。少なくとも今、理性の上では認めてあげたいなと思いますけれどね。
「将来の夢が見つかっていなくても焦る必要もないし、自分がからっぽだと思う必要も全くありません。」
【乙武】子どもが夢を持てないのは、選択肢がないからなんです。『13歳のハローワーク』は、それを提示する貴重な資料ですが、あの本を読むだけでは、自分が何をしたいか、まだ見えてこないと思うんですね。人生経験を積んで、いろいろな人と出会って、いろいろな世界を見ていくうちに、徐々に見つかっていくものです。
だから、まだ将来の夢が見つかっていなくても焦る必要もないし、自分がからっぽだと思う必要も全くありません。「あ、まだ経験が足りていないんだな、見えている世界がまだ狭いんだな、もっとこれから経験を積んでいけば、きっとやりたいことが見つかっていくんだな」という安心感を持っていいと思うんです。ただし、安心感を持って踏みとどまるのではなくて、外に目を向け、足を踏み出してほしい。いろいろな人と交わっていく上で、夢が見つかり、その先に職業が決まっていくと思います。ですから、とにかくアンテナを張って、興味があるものにどんどん足を踏み込んでいけるなら、夢が見つかっていない人でも決して焦る必要はありません。僕が教育に対して真剣に取り組んでいきたいなと思ったのも、ここ一、二年ですから。
先日、新聞を読んでいて「夢が持てないのは、経験が足りないからだ」というすごくいい言葉に出会いました。僕が今まで生きてきても、やはりそのとおりだなと思います。
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