HOME > この人に聞きたい! > 藤原和博さん(杉並区立和田中中学校校長)

著名人インタビュー この人に聞きたい!
藤原和博さん[杉並区立和田中中学校校長]



第6章 成熟社会の情報処理力と情報編集力

「総合的な頭のよさとは、頭の回転が早くてやわらかいことだと僕は思うんです。」

藤原和博/杉並区立和田中中学校校長

【藤原】ここまで「仕事」をみるための視点を幾つかご紹介しましたが、最後にもう一度、教育の現場に視線を戻しましょう。これからの成熟社会で求められる力と、低下傾向と言われる「学力」、その二つがどう関係して職業選択へ関わっていくのか、改めてお話ししてみたいと思います。

お母さんたちは学力の低下を非常に心配していますが、「学力」の中に忍耐力や集中力、思いやりは入るのでしょうか。「学力」の一言では落ちる要素がいっぱいあるので、僕はまず小中学校のときに身につけるべき力を「集中力」と「バランス感覚」と定義したわけです。(第3章 参照

その次の議論として、何と言ったって情報社会なので、これから身につけていくべき情報を扱う力をきっちり定義しましょう、それが僕の提案なんですね。僕は2つの言葉で定義しています。1つが「情報処理力」。もう一つは「情報編集力」です。

「情報処理力」は、記憶にいっぱい詰め込んだ正解の中からぱっと1個を取り出す力なんですね。これは狭い意味で「学力」と称する基礎的な力で、テストの正答率に現れてきます。ところが、これからは自分が持つ知識・技術・経験のすべてを、ある状況の中で組み合わせて発揮できる力が大事になってきます。成熟社会になると、国際化も高齢化も起こり、人々のさまざまな価値観が交錯して、万人にとっての唯一の正解はどんどん少なくなります。だから、試行錯誤の中で、自分の価値観のもとに自分の納得解を探さなきゃならない。しかも、実行するときには、いちいち他人をも納得させなきゃいけないんですね。そういう総合力を「情報編集力」と呼びます。これは正解を詰め込む教育では養えない。失敗と試行錯誤を繰り返しながら獲得していく力です。

例えばジグソーパズルでは、あるピースが青いというだけで「あ、空の風景だ」と間違えて当てはめてしまうと、そこには正解のピースがはまらない。情報処理力はジグソーパズルを早く完成させる力です。今までの日本の教育では、この力を持つ子どもが多く育ったんです。日本自体も、お城の風景やディズニーの図柄を出版社やメーカーが決めているように、基本的にはGHQが描いた戦後の世界観を、ただ必死になって何百万ピース埋めてきた。しかし、埋めた後に「じゃあ、次にどうすればいいの?」と、今みんな立ち止まっているんです。

一方、「情報編集力」の本質はレゴを組み合わせる力です。小さいピースを、イマジネーションをもって組み合わせれば、宇宙船にも家にも街にもなる。「13歳のハローワークマップ」を単に暗記して「自分は職業を500も言えるぜ」と言う子どもはジグソーパズル屋さんです。だけれども、この中の美容師とマジシャンとお笑いタレントが近いので「お笑いを見せながらカットする美容室があるんじゃないか」「マジックを鏡越しに見せる床屋があったら、子どもが殺到しちゃうんじゃないか」、このように複数の項目からイメージしていく力が、これから問われるようになってきます。

最近、TVドラマで「ドラゴン桜」が注目されましたが、僕は受験が悪いとは全く思っていませんし、東京大学の入試は非常に質が高く、重箱の隅をつつくような、落とすための試験問題ではありません。きっちり指導要領で学び、身につけた情報処理力を基本にしながら、情報編集力も使わないと解けない問題をまっとうに問い掛けています。今は中学受験でもまともな中高一貫校には良質な問題が多いし、世界の15歳児を対象にOECDが行うPISA調査も素晴らしい問題が多いです。

情報処理力を鍛えれば頭の回転の早い子にはなるけれども、情報編集力を鍛えないと頭のやわらかい子は育たない。総合的な頭の良さというのは、頭の回転が早くてやわらかいことだと僕は思うんです。今までの正解主義の教育では、情報編集力が弱くなりがちですが、それが弱いと、自分の人生観や仕事観、あるいは世界観をクリエイトして、その中でハッピーだと納得できる子にならないです。自分のハッピー観を作り、それを動機付けにしてどんどん行動していける子を育てたいのであれば、両方をバランスよく鍛えることが大事になると思います。