HOME > この人に聞きたい! > 三枝成彰さん(作曲家)

著名人インタビュー この人に聞きたい!
三枝成彰さん[作曲家]



第2章 「好き」を仕事にするには、人の3倍の努力と営業力が不可欠

現代音楽嫌いという旗を降ろしたら、音楽が好きになった

――45歳で音楽が好きになったとお話しされましたが、そのきっかけは?

45歳ごろの三枝さん<45歳ごろの三枝さん>

【三枝】私は、現代音楽という、美しいメロディーとハーモニーを否定した音楽が嫌いで、その旗手でした。ところが、30歳の頃、それに疑問を感じるようになったんです。理由は2つあります。一つは、石岡瑛子さんに、「多くの人間に何か喜びを与えてないで、自分たちの親類と友達だけが見に来るコンサート」「何も社会に貢献していないわよ」と言われたんですよ。自分でも「そうだな」と思い、それからドラマの音楽など劇伴(げきばん)ばかり書いていました。でも、一生懸命書いても、ドラマが終わると一緒になくなってしまうんです。これでは、生きている意味がないなと思いました。

もう一つは、西洋音楽を日本人がやるのは間違いだとヨーロッパの学生に言われたことがあるんですよ。「あなたたちには、能や歌舞伎の音楽があるのに、なぜ西洋音楽をやるんだ」って。アイデンティティの問題を言われてね、ショッキングでした。

この2つが絶対的なトラウマになりましてね、「じゃあ、いったいどういう音楽を書けばいいんだろう」という悩みが15年間続きました。そうして45歳のとき、ボニージャックスさんから、東京電力さんがアマチュアの合唱団に歌わせる「ヤマトタケル」の曲を頼まれたんですが、そのとき、毎日早く帰って書きたいという喜びがあることに気がついたんです。「これは幸せだよなー、こういう曲をかいていられたら」と。そんな気持ちになったのは、初めてでした。

でも、このような曲を書くと、批評家や友人たちから相手にされなくなるわけですね。「あいつは資本主義に屈した」みたいな言い方をされて。

――作家でいう、純文学と大衆文学。

【三枝】そう。大衆文学に身を投じたという言われ方ですね。でも私は、分かりやすい音楽で純文学を目指せないかと考え抜いてやったので、それで正しいと思っています。といっても、そう思う人は私一人しかいないと思いまが、それでいいと思っています。

その強さを持てたのは何かというと、テレビなんです。テレビに出たときに、みんな私のことを大作曲家と勘違いしたんですね。全然そんなことないのに。それで、テレビもなかなか面白いなと思いまして。オペラを書いてもお金を集めることが非常に難しかったのが、本当にテレビのおかげでいろんな方が会ってくださって、出してみようという気になってくれて、好きなオペラを書けるお金を集められる大きな礎になったと思って感謝しています。

朝から晩まで没頭し、それをやり続けられるかが“「好き」を仕事”の第一条件

――「13歳のハローワーク」のテーマは“好き仕事に”ですが、どうやったらそれが叶うと思いますか?

【三枝】たとえば、音楽学校でいえば、毎年3万人ぐらい卒業します。その中で食べていける人は1人か2人です。多くても10人いないと思います。

――0.03%ですか。

【三枝】それくらい競争率が激しいのです。その中で生き残っていくには、人の3倍努力ができるかというところにかかっているんです。学生のときから1日17~18時間、つまり朝から晩までそれに没頭し、しかも毎日やり続けるほどそれに打ち込めるかということです。言い方を変えれば、仕事と趣味が一致している人が、それなりに達成ができる。才能ではない。努力なんです。それくらいの覚悟ができないのであれば、夢をつかもうなんて望まないほうがいいですね。仕事になると、「好き」というだけではやっていけないんです。同時に、ものすごく高い山を登るような努力が必要だとか、あるいは1,000キロ走る覚悟が要るとか。普通の42キロぐらいのマラソンとはわけが違うんだと。そういう気概で挑戦すること。それほど好きなら、誰でも成功します。才能なんてほとんど関係ないですからね。

自分の好きなことに卓越しているだけではダメ。やっていける決め手は“営業力”

三枝成彰/作曲家

【三枝】私たちのような職種について、大変な誤解をしている人たちが多くいます。いいものを作れば必ずいい仕事ができるとか、素晴らしいことをしていると自ずと仕事の依頼があって生活ができるとか。それは大きな間違いです。たまにそういう人はいますよ。でも、基本的には自分で仕事を探してこなければなりません。だから、売れないものを作っても仕事にならないし、食べていけません。そういうことを、学校ではまったく教えてくれませんが、現実は非常にシビアです。

要するに、自由業でやっていくには、積極的に人とコミュニケーションをとり、自分を売り込む営業ができないといけないんですよ。その典型が建築家です。何億もする建物を建てさせるのに、口がうまくなくてできるはずがありません。相手を説得できる何か、つまり営業力を持っているんですよ。少なくとも大成功した建築家を見たら、ほとんど口先一つで商売をしていますね。同じように、アーティストはコミュニケーションをとるのが苦手な人が多いとみんなが思っているのは大間違いで、成功している人は、やはり商売がうまい。いい作品を創るし、口もうまいんです。自分が、そういうことは不得意だなと思ったら、「好き」を仕事にするのは向かないかもしれませんね。厳しいことを言うようですが、普通の仕事を選択すべきです。