HOME > 特集記事 > P.S.明日のための予習 13歳が20歳になるころには? > いろいろな働き方の選択

P.S.明日のための予習 13歳が20歳になるころには? いろいろな働き方の選択




6. 趣味の弊害について

6-1 趣味はリタイアした老人のもの

趣味はリタイアした老人のもの

基本的に、趣味というのは、たとえばリタイアした老人のものだ。時間的な余裕が必要だからである。何もすることがない、何をしたらいいのかわからない、時間が余っている、そういう人たちのものだ。多岐にわたる仕事をしている人、やるべきことがたくさんある人、緊急の仕事をたくさん抱えている人は、趣味を楽しむ時間的な余裕がない。また時間的な余裕の他に、社会的な治安や、ある程度の経済的な余裕が必要だ。たとえば現在のアフガニスタンやイラクなどでは一般の人が趣味を持って楽しむのはむずかしいだろう。

趣味は洗練された社会で盛んになる。ある程度経済的・時間的な余裕があり、人種的・宗教的・文化的な衝突が少なく、平穏で均一な社会の中で、趣味は大切なものになる。太古の部族社会に趣味はなかったし、中世の日本でもたとえば歌を詠んだりしたのは貴族だけだった。産業革命と植民地政策で外貨を貯め込み、豊かになったイギリス人は、趣味の領域でめざましい成果を上げた。彼らはバラをはじめとする観賞用の草花の新種をいくつも作ったし、ブリーダーとしてブルドッグやペルシャ猫など歴史に残るペット種をたくさん作りだし、ゴルフやテニスやヨットや競馬をスポーツとして確立させた。

6-2 ●趣味花盛りの老人大国

趣味花盛りの老人大国

現代の日本では、趣味が花盛りだ。テレビでは趣味を紹介したり教えたりする番組がいくつもあるし、デパートには必ずガーデニングや日曜大工のコーナーがあり、趣味の雑誌が山ほど書店に積まれていて、カルチャースクールと呼ばれる趣味の学校が全国各地にある。もちろん、趣味が盛んになるのは基本的には悪いことではない。それは豊かになった証しだ。だが、老人が大きな力を持ってしまった証しでもある。もともとほとんどの日本文化は老人のものだった。懐石料理には堅い肉のステーキなどない。エビはすりつぶしてお団子にして吸い物に入っているし、野菜は柔らかく煮てある。歯が悪くなっても、総入れ歯でも食べられるように調理してある。囲碁・将棋も、盆栽も、能・狂言も、相撲も、その創成期は別だろうが、すべてファンの中核は老人である。

日本社会では趣味が大切なものとして扱われ、メディアで取り上げられる。雑誌やテレビなどでは、リタイアした夫婦が悠々自適に趣味の世界で楽しんでいる姿を紹介して、「***さんの豊かなセカンドライフ、うらやましいですね」などというタイトルや見出しをつける。「そんなに***が好きだったら、退職してから趣味としてやればいいじゃないか」という強制力のようなものが社会にある。どうしてそういう社会になったのだろうか。それは、好きなことを我慢して会社で働くことにそれなりのはっきりした利益があったからだ。安定的な会社に入りさえすればほとんどの人は「一生安泰」だった。そういった安定を手に入れるために、多くの日本人は「現役のうちに仕事として好きなことをやる」という選択肢を放棄したのである。

6-3 趣味は仕事に結びつくのか?

趣味の弊害は若者に現れる。人生を生き抜くスキルと知識を習得中の若者にとって、趣味は本来無縁なものだ。しかし大学には趣味のサークルがたくさんあるし、趣味を通じてお友だちになりましょうなどという若者のホームページも少なくない。趣味は、仕事に結びつかない。趣味が仕事になってしまったという人がいるが、それは本当は趣味ではなかったのだろう。趣味と仕事の大きな違いは、それで報酬を得るかどうかだ。パンを焼くのが趣味という人が生徒を集めて教室を開き、そこでレッスン料を取ればその時点でプロになってしまう。つまりお金を取っているわけだから、さまざまな批評やリクエストに対応しなければならなくなる。「高い金取る割りにはろくな技術がないわね」と言われても怒れない。レッスン料に見合ったサービスを提供しなければならない。

6-4 結論:趣味を歓迎する社会の弊害

趣味の世界にはほとんど競争がない。政府はフリーター対策として大量の起業者育成などを政策に盛り込んでいるが、政府の支援で起業する若者のモチベーションなどたかが知れている。「世の中がどうなろうと、誰が何と言おうと、おれはこれで勝負するんだ」というモチベーションを持った若者が起業し、その中の数パーセントが成功して、社会は活性化する。趣味でサッカーをやっても絶対に中田英寿にはなれないし、趣味で音楽をやっても絶対に坂本龍一にはなれない。盛田昭夫は趣味でトランジスタラジオやテープレコーダーを作ったわけではないし、本田宗一郎は趣味でオートバイを作ったわけではない。盛田昭夫や本田宗一郎が趣味の世界に生きていたら、SONYやHONDAという世界企業は存在しなかっただろう。生き抜くための知識とスキルの習得を目指す若者にとって、趣味と、趣味を歓迎する社会風潮には弊害がある。また、趣味の世界は基本的に閉鎖的なので、お互いに重要な情報のやりとりができて、お互いに刺激を与え合うという人的なネットワークを作るのがむずかしい。テンションの高い訓練や勉強を続ける中で息抜きは必要だろうが、それは洗練された趣味とは別のものである。

村上龍



<<前へ  12345 |6  次へ>>

P.S.明日のための学習
13歳が20歳になるころには

  • バイオは夢のビジネスか(commiong soon...)