HOME > 特集記事 > P.S.明日のための予習 13歳が20歳になるころには? > いろいろな働き方の選択

P.S.明日のための予習 13歳が20歳になるころには? いろいろな働き方の選択


20年ほど前、雇用の形は、「社員」と「アルバイト」くらいしかなかったが、現代では大きく変化している。 派遣やアウトソーシング(一部業務の外注)が一般的になり、人件費を減らす目的もあって正社員の数は激減したし、正社員という立場そのものも、転機を迎えている。 ここでは、現代の「働き方の選択」について、6編のエッセイで説明する。




1. 雇用の形の多様化と「就職」について

1-1 「就職」とは入社のこと?

高校や短大や大学を出たらどこか会社や役所に就職するというのが、今でも日本社会の常識になっている。 自分で商売を始めるとか、会社をおこすことは、一般的な選択肢にはなっていない。 大学生の子どもを持つ親たちが集まると、間違いなく、「おたくのお子さん、どこの会社に入ったの?」というような会話になる。 「おたくのお子さんは、どういう仕事をしたがってるの」とか「おたくのお子さん、どういう会社を作ることにしたの?」というような会話はほとんど聞かれない。 そして、バブル以後長く続いている経済の停滞の中での就職活動は、多大なストレスを伴う。それでも、ほとんどの人は、現実的にどこかの会社に「就職する」ことになる。

1-2 地獄の就職活動

地獄の就職活動

大学3年生の春ごろまで、海外に出て自分を試すなどと言っていた学生たちが、夏を過ぎると、必死に企業の資料を集めるようになる。 最近はインターネットによるエントリー(インターネットを通して企業に応募すること)がほとんどだが、数年前までは、企業の資料請求のためのハガキを書くことから就職活動が始まっていた。 就職を希望する企業が新規採用を行うかどうかわからないので、とりあえずハガキで資料を請求する。 たとえばマスコミという希望業種があれば、聞いたことがないような会社にいたるまで、徹底的にハガキを出す。 ハガキの書き方のマニュアルもあって、とにかくていねいな字で、ていねいな言葉で、会社の資料を送ってもらう。 資料請求のハガキを何枚書いたかが、3年生の秋の大学生の話題になったりする。

3年生の冬になると、業界によっては内定が出ることがある。 たとえばテレビ局に内定が決まったというような人が出現すると、希望業種がマスコミという学生の間で英雄視される。 3年の冬に内定が出る学生は全体の1割ほどらしいが、それでも他の学生たちは焦り始める。 大学4年生になり春を迎えると、ほぼすべての業種で内定が出始める。 内定をもらった学生と、まだもらっていない学生の間にはっきりとした格差が生まれ、一方では優越感に、もう一方では劣等感とさらなる焦りにつながっていく。 春が終わるころには人気の職種や企業では、そろそろ募集を打ち切るところが出てくる。 そして夏になると、その時点で内定がない学生は、お前はまだ内定がないのか、と内定が決まった友人や親から言われ、焦りはピークに達する。

1-3 不明確な採用基準

不明確な採用基準

たとえばマスコミ業界では、集英社や文藝春秋というような有名な出版社の場合、新規採用10名の枠に、1万人近い応募があることもめずらしくない。 そうなると雇うほうも大変なので、手っ取り早く応募者をふるい落とすためにさまざまな工夫をする。 「スマップとモー娘とどちらが好きか」とか「手紙と電子メールと電話はどう違うと思うか」とか「今の気もちを5・7・5の俳句形式で述べよ」とか、とにかく下らないことを聞いてしぼり込む。 雑学が認められて、筆記試験や面接に進めることもあるし、雑学的な知識が豊富だと「つまらない人間」と見なされて逆に落とされる場合もある。 人気のある企業は出身大学名で採用を決めたりしない。 東大や京大や早稲田や慶応などといったブランドは通用しない。 逆に、東大卒は受験勉強でエネルギーを使い果たしている可能性が高いと嫌われることもある。

エントリーと筆記試験を突破し、運良く面接に進んでも、大半の学生は面接でどういう受け答えをすればいいのかわからない。 今求められているのは個性だということで、面接のときに、漫画雑誌を数冊小脇に抱えたり、わざとラフな格好をしたり、わざわざ髪を金色に染めたりする。 ある食品会社で、カップラーメンを頭に乗せて面接にのぞんだ学生がいたそうだ。 カップラーメンを頭に乗せるのは完全にギャグだが、当人は必死だ。 出版社を希望して急に本を読み始めたり、アパレルだからと急にファッション誌を読みふけってオシャレに興味を示したり、自己分析をしたり、自分史を書いたりして、希望する企業が求める人材になろうとする。 就職活動は、学生たちを追いつめる。 採用の基準が明らかではないからだ。 どういう人材が求められているのかわからないし、企業の側もどういう学生を選べばいいのかわからない。 理系の専門知識や語学を除いて、社会体験のない20代前半の若者にどういう可能性があるのかを知るのはきわめてむずかしい。

1-4 新卒者より「即戦力」が求められる

新卒者より「即戦力」が求められる

それでも毎年毎年、何十万、何百万という学生たちが就職活動を行う。 長い経済の低迷で求人そのものが減っているが、新卒者の就職活動が困難な原因はそれだけではない。 積極的に新卒者を採用する企業が減っているのだ。 特に、利益を上げている中小企業の多くは、即戦力となる人材を、新卒ではなく、中途採用や、通年採用(1年間に何度か新入社員を採用すること)する傾向が強くなった。 新卒者はアルバイトや契約社員として採用し、しばらく様子を見たあとで社員にするかどうか決めるというのが一般的になっている。 昔の、高度成長期のように、大量の新卒を採用し、そのあと研修や自己啓発で「育てていく」という余裕が、企業側になくなりつつある。 不景気なので就職活動が大変なんですよ、という声を若い人たちからよく聞くが、それは正確ではない。 たとえ今後、経済状態が良くなったとしても、新卒を大量に採り大事に育てていくという昔ながらのやり方が復活することはないだろう。

大量の新入社員を採り気長に育てていくというやり方では、市場の激しい変化に対応できない。 企業として生き残っていけないのだ。 今後の新規雇用は、プロジェクトに応じて必要な人員計画を作り、少数の精鋭を、必要なときに募集するというようになっていくはずだ。 また、かつては大まかに正社員とアルバイトしかなかった雇用の形も多様化しつつある。 アルバイトやパートタイマーに加えて、嘱託・契約社員、さらに派遣や業務委託(請負)などのアウトソーシング(業務の一部を外部に委託すること)も一般的になってきた。 繰り返すが、今後たとえ日本経済が回復しても、そういった傾向が弱まることはない。

1-5 雇用の形の多様化

職場である企業と直接に雇用契約を結んでいる労働者を「正社員」あるいは単に「社員」という。 派遣や業務委託・請負の労働者は、正確に言うと、実際に働いている現場の企業との間には雇用契約がない。 派遣会社Aから、企業Bに派遣されている労働者Cは、Bではなく派遣会社Aから給与を受けとる。 したがって実際の派遣先・勤め先とは雇用関係がない。 実際に働いているのは企業Bで、仕事上の指示や命令もBから受けとるが、労働者Cは派遣会社Aと雇用関係を結んでいることになる。 だから、派遣社員や、業務委託・請負などは、勤め先・派遣先では「雇用関係のない人」と分類される。 それに対して、アルバイトやパートタイマー、それに嘱託および契約社員は、「雇用関係のある社員以外の人」あるいは「非正規雇用者」と呼ぶ。 「非正規雇用者」とはいかにも不公平なニュアンスを持つ呼び名で、わたしはそういった呼び名は改めるべきだと思っているが、今のところその気配はない。

以下、正社員以外の雇用の種類を説明する。

●パートタイマー
法律上は「短時間労働者」と呼ばれる。パートタイマーは年々増加する傾向にあり、決まった期間の契約で働き、賃金はほとんど時給だ。契約書には、たとえば雇用契約期間1カ月で、6カ月までは延長可能、という風に記してあるが、事実上はいつでも解雇できる。失業給付を受けるための雇用保険や、健康保険・厚生年金保険などの適用も受けられないことが多い。
●アルバイト
法律上は、パートタイマーと同じ「短時間労働者」だが、学生が学業の合間に行ったり、本業を持つ人の「副業」というのが、基本的なアルバイトの性質だ。アルバイトは「いつか必ず辞めるもの」だったが、フリーターの登場によって、「専業アルバイト」が出現し、最近ではパートタイマーとの違いが曖昧になっている。基本的に、労災保険以外は保険の適用はない。
●契約社員
嘱託社員、契約社員、臨時社員、非常勤社員などといろいろな呼び名があるが、基本的には1年以内の期間契約で働く人を指す。定年を過ぎていったん辞めた社員を、嘱託として雇う場合もあるし、新卒者などを社員として採用する前に「能力や適性を試す」意味で契約社員として雇う場合もある。また、非常に高い知識やスキルのある人を契約社員や非常勤社員として雇うこともある。そういった専門性の高い仕事をする人は、社員として長期間拘束されるのを嫌うことがあり、同じく企業側にも給与などの負担が重くなることがあるからだ。保険は、雇用保険、健康保険ともに適用される。
●派遣社員
企業において、「業務委託」はこれまでも広く行われてきた。たとえばメンテナンスや清掃、それに社内食堂などだ。バブル以後多くの企業がリストラを進めたことと、派遣業務が盛んになって、外部への業務の委託はさらに一般的になった。最近では、企業の中核となる事業以外すべてアウトソーシングを利用するという会社も増えている。IT関連技術者、経理・会計、財務、法務、投資、研究開発、営業や販売や宣伝などの、いわゆるスペシャリストが求められる仕事を、業務委託や派遣にゆだねる会社も多い。だがその一方で、人件費を押さえたり、雇用者数を調整するのに便利だということで派遣制度を利用する会社も少なくない。いわゆる雇用調整や労務管理に派遣制度を利用するわけだ。たとえば、大規模なリストラを宣言して、いったん大勢の社員を解雇し、そのあとで子会社の派遣会社に登録させ、派遣社員として再度迎え入れるというようなケースも多く見られる。また逆のケースもある。1つの会社にしばりつけられるのを嫌い、社員という選択肢を捨てて、あえて派遣社員を希望する高給のスペシャリストも増えている。大きな会社であればあるほど、自分が望む職種に就けない、という社員が持つデメリットがあるからだ。営業をやろうとせっかく希望の会社に社員として入ったのに、総務や経理に回されたというような例は非常に多い。

1-6 正社員を目指すべきなのか

正社員を目指すべきなのか

さて、会社への就職を希望する若者は、正社員を目指すべきなのだろうか。 保険や年金、賞与やさまざまな手当、それに退職金や福利厚生などの面で、正社員にはいろいろな特典がある。 また、会社の経営が悪化すれば、パートタイマーやアルバイトは真っ先にリストラされる。 派遣社員や契約社員もすぐに契約を打ち切られる。 経営が悪化したり、経営方針が変わって大量のリストラが必要になった企業は、だいたい以下のような順序で雇用を調整する。 まずは労働時間を短縮し、次に、人的な調整に移るが、当然最初に解雇されるのはアルバイトやパートタイマーという短期契約労働者だ。 さらに新規採用の削減・停止があり、社員の配置転換、在籍出向(社員としての身分を保証したまま系列会社や子会社などに移る)、移籍・転籍出向(系列会社や子会社の社員となる)、希望退職者募集、一時帰休という措置があって、そして最後の手段として正社員の指名解雇となる。

つまりリストラの嵐が吹き荒れても、正社員が解雇されるのは最後だということだ。 それでは会社に就職しようと考えている若者はやっぱり正社員を目指すべきなのだろうか。 わたしはそういう風には考えない。 勘違いしないで欲しいのだが、「正社員を目指すのは間違っている」ということではない。 「就職希望の若者は正社員を目指すべきなのか」という設問そのものがおかしいのだ。 「入社を希望する若者は正社員を目指すべきだ」というのもおかしいし、「入社を希望する若者は正社員を目指すべきではない」というのも正しくない。 この本でくり返し述べていることだが、「正社員かどうか」よりも重要なのは、「どんな仕事がしたいのか」ということだ。 そのことをわかっていないと、正社員だろうが、アルバイトだろうが、多大なリスクを負うことになる。

1-7 【結論】:どんな仕事をしたいのか

高卒者で18歳、短大卒で20歳、大学卒(医学部などを除く)で22歳、修士で24歳、「そんな若さで自分がやりたい仕事がわかるわけがない」と言う人もいるだろう。 それはその通りかも知れない。 基本的に仕事というのは、現場で働いていくうちに身につくものだし、自分がやりたいこと、自分に向いた仕事がはっきりするのは、実際に仕事を始めてからだろう。 ただ、このエッセイでわたしが伝えたいのは、「社会に出る前に自分がやりたい仕事を見つけておくべきだ」という「アドバイス」ではない。 「社会に出る前に自分がやりたい仕事を見つけた人のほうが人生を有利に生きる」という「事実」だ。 長い就職活動を終えて運良く正社員になっても、それだけで一生安泰というわけにはいかない。 どんなに大きな会社でも、競争に敗れて会社自体が消滅するリスクや、買収されて経営母体が変わったり、さらに他企業との合併・統合など、常に雇用環境が変化する可能性がある。 せっかく正社員になったのに、合併で子会社の派遣会社に移籍になったというようなことは日常茶飯事に起こっている。 たとえば、マイクロソフト社が10年後にもIT界の巨人でいられる保証はどこにもないし、SONYが持つ技術の優位性と独自性はすでに消費され尽くしてしまったという指摘もある。 逆に、今はまったく無名でも将来的にグローバルな優良企業になる会社もあるだろう。

くり返すが、正社員が有利なのか、それともアルバイトでもかまわないのか、という論議には意味がない。 おもに経営側の利益と主導によって、雇用の形はこれからさらに多様化していくだろう。 今後、正社員よりも高給を取る派遣社員や契約社員が社内にいるのが当たり前になるだろう。 正社員という「立場」に希望や安定を求める時代はとっくに終わっている。

村上龍



<<前へ  1 |23456  次へ>>

P.S.明日のための学習
13歳が20歳になるころには

  • バイオは夢のビジネスか(commiong soon...)