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P.S.明日のための予習 13歳が20歳になるころには? いろいろな働き方の選択




4. 「資格」をどう考えるか

4-1 「資格」とは?

「就職や転職するのに有利」「自らのスキルの向上に役立つ」……といった理由で、さまざまな資格を取得する人が増えている。しかし資格さえあれば必ずその職業に就ける、というわけではない。資格について、どう考えればいいのだろうか。以下、資格を分類してみる。

●仕事に直結する資格
典型的なのは公務員。国や地方自治体に採用されることでその仕事に就くことができる。いわゆるお役所の仕事だけではなく、警察官、消防士、それに航空管制官など意外な専門職もこれにあたる。

●国が認定する資格
もっとも多くの取得者がいる運転免許からはじまり、医師、看護師、教職、弁護士や裁判官になるための司法試験など、さまざまなものがある。当然仕事との関係も資格によって濃淡があり、たとえば医師の資格があればまず医師になれると言っていいが、教員の資格があってもすぐ小学校の先生になれるとは限らない。

●民間機関が認定する資格
企業などが独自に資格を認定する例も増えてきた。国の認定などに比べて権威がないような印象を与えるかも知れないが、たとえば英語力を測る国際的な目安となっているTOEICやTOEFLを実施しているのは民間。ただし一方にはいかにもその資格を取れば仕事があるような言い方をし、教材などを売りつける商売もあるので要注意。

●外国の資格
MBA、米国弁護士、米国税理士、米国公認会計士など、外国(多くはアメリカ)の資格を取得する人も増えている。仕事、特に国際的なビジネスをするうえで有利となる資格も多い。

4-2 資格ブームの本質

資格ブームの本質

繰り返すが、資格が必ずしも仕事につながらないことも多いし、そもそも資格など存在しない職業もたくさんある。現在、「資格ブーム」とでも言えるような現象があって、そのための専門学校も増えている。一部の資格取得ビジネスでは聞いたこともないような資格が乱発され、資格取得を巡る状況は混乱しているようにも見える。中には「この資格さえあれば在宅でもびっくりするほどの高収入に」といった誇大広告も見受けられる。

資格取得が一種のブームとなっている背景には、職業と雇用を巡る過渡期の日本社会がある。さらにそこにはいくつかの側面があって、それが状況を複雑なものにしている。まず大きな流れとして、戦後長く続いた終身雇用という制度の衰退がある。次に、官から民へ、という流れがあり、そしてITに代表される新しい技術格差への不安がある。実際に終身雇用制があったのは企業全体の3割に過ぎないという指摘もあるが、一流の会社に入ればそれでもう一生安泰という意識は、確かにわたしたちの意識に刷り込まれてきた。

そういった制度が揺らいでいるということは、社会に不安を生む。企業に入っても安泰ではないのならせめて資格を取っておこうという現象が起こるのは当然のことかも知れない。これまでおもに国・公的機関が資格の認定を受け持っていたが、構造改革の影響もあり、しだいに民間に移りつつある。ただし、現状では資格認定が各省庁及び特殊法人傘下団体の既得権益の一部になってしまっている側面も否定できないし、結果として一部の専門学校の金儲けの手段になっているという側面も否定できない。

4-3 例1 医療秘書に見る資格の有効性

だが、スキルを身につけるために、資格取得を目指すのは基本的には良いことだし、企業・会社に対する個人の依存が減ってきたという意味では社会的な進歩なのだろう。だが何度も繰り返すが、現在の資格制度は、医師や弁護士や会計士など一部を除いて充分に整備されているとはいいがたい。たとえば、医療秘書という資格があり、取得するためには技能検定試験に合格しなければならない。単なる事務にとどまらず医療関係の知識が不可欠だといわれているが、現状では医療秘書資格を持っていても、必ず就職先が見つかるわけではない。わたしたちが取材した病院では、医療秘書の資格よりも、即戦力としての実務体験やパソコンの技能をより重視するといった意見が多かった。しかし、資格を考えるときにむずかしいのは、将来的にはどうなるかわからないというところだ。将来的に、医療事務従事者はすべて医療秘書の資格が不可欠になるかも知れないし、あるいはそうならないかも知れない。

4-4 例2 溶接工・音楽療法士に見る資格の未整備状態

また、溶接工という伝統的な仕事があり、社団法人日本溶接協会が溶接技能士などの資格を認定している。だが資格がなくても腕の立つ溶接工は常に仕事を得てきたし、今もその状況は大して変わっていない。新しいところでは、たとえば音楽療法士という資格がある。音楽を聴かせたり、簡単な楽器の演奏の仕方を教えて共に演奏し、心や身体に障害のある患者の症状を和らげるという、音楽を利用した療法である。音楽療法士になるためには、じつにさまざまな任意団体が行っている認定試験を受けることになるが、その資格を持っていないと音楽療法の仕事ができないというわけではない。実際には、音楽療法士資格取得者よりも、精神科の医師や福祉・高齢者施設の職員が治療や仕事の中に音楽療法を取り入れていることが多い。つまりいまだ職業として定着しないものが資格として認定されているのである。これから資格を取得しようという人にとっては、不親切で不確実な状況だと言える。

4-5 例3 シューフィッターに見る資格の将来性

シューフィッターに見る資格の将来性

ただ、たとえばシューフィッターという資格があり、デパートや大規模小売店では、靴の販売員を募集する場合、シューフィッターの資格を持っている人を優先させるそうだ。あるデパートでは、すべての社員とパートが保有する資格を把握して、給料に反映させているらしい。つまりシューフィッターの資格を持っている靴売り場の販売員は、持っていない人に比べて時給が少し高くなる。ワイン売り場でソムリエの資格を持っている人とか、家具売り場でカラーコーディネーターの資格を持っている人なども同じで、若干時給が高くなる。しかし、過渡期だから、そういった現象と傾向があるのかも知れない。雇用の形が変わっていく過渡期で、またモノが以前のように売れない時代だから、デパートや大規模小売店も、資格を重視したり、単にいろいろと試している時だけなのかも知れないのだ。今後、たとえば靴の売れ行きとシューフィッターの資格の有無はほとんど関係がないというデータが明らかになれば、しだいに資格そのものが淘汰されていくだろう。

4-6 結論:資格は目的ではなく、手段である

今後資格を取得しようと考えている人はどんな資格を目指せばいいのだろうか。残念ながら、水を差すようだが、この資格さえあれば「一生安泰」という資格などない。「この会社に入りさえすれば一生安泰」という刷り込みがあまりに強く長く続いたために、終身雇用が幻想と化した今、わたしたちはかつて会社に求めていたものを資格に求めるようになったのだと思う。考えてみれば当たり前のことだが、資格とは、一生の安泰を求めてやみくもに取得するものではなく、自分がやりたい仕事を決めたあとで、必要に応じて取得するべきものだ。

これさえあればもう一生安心という資格がないということは、一生安泰という職業はもはやあり得ないということを意味する。医師や弁護士や会計士でさえ、これからは競争にさらされる。最新の知識や技術を勉強しない医師は見放されるようになるし、依頼者に対して適法的な利益を提供できない弁護士や会計士も見放されていくだろう。そしてそれは悪いことではない。格差を伴った多様性を持つ社会とは、ある職業に就いただけでは成功とは言えない社会であり、ある資格を持っただけでは成功につながらない社会でもあり、もちろんある会社に入っただけで安泰とは言えない社会である。下手な医師よりも高給を取る優れたスキルを持つ溶接工が存在する社会、そういった社会には近代化途上の日本とは別の活力があるのではないだろうか。

村上龍



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