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[INDEX]
- 1. 雇用の形の多様化と「就職」について
- 2. 起業のすすめ
- 3. NPOという選択肢
- 4. 「資格」をどう考えるか
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5. 「つなぎのバイト」をどう考えるか
- 5-1 フリーターとつなぎのバイト
- 5-2 つなぎのバイトのリスク
- 5-3 いずれ「正社員」は死語になる
- 5-4 【結論】:人生の戦略
- 6. 趣味の弊害について
3. 「つなぎのバイト」をどう考えるか
つなぎのバイトという言葉には、「ちゃんとした仕事と仕事の間の、腰掛け仕事」というようなニュアンスがある。いつまでも続けるものではなく、次に「ちゃんとした仕事」を見つけるまでのアルバイトということだ。だが、200万人以上いると言われているフリーターのほとんどが、この「つなぎのバイト」に従事している。アルバイトするほうは、「こんなところでいつまでも働く気はない」と思っているし、雇うほうも「働きぶりが悪かったらいつでもクビにできる」と思っている。雇用する側と、される側が、ほとんど一体感のない他者としてつき合い、結びつきが弱い。
退職金があるわけないし、年金や各種保険が完備しているとは言えない。組合もないし、交通費や住居手当や扶養手当もない。要するに労働者としての保証がほとんどなく、正社員に比べると立場が非常に弱い。だから世の親たちは、自分の子どもがせっかく社員として入った勤め先を辞め、「これからはアルバイトしながら好きなことを探す」みたいなことを言うと、不安になってオロオロしてしまう。社員を辞めてつなぎのバイトを始める若者が多い反面、正社員になりたいというフリーターが無視できないほど多いらしい。だが、正社員になればそれでいいのかというとそんなことはない。正社員になりさえすればもう一生安泰という会社はひどく少なくなっているし、これからさらに減っていくからだ。
経済の低迷は続き、失業率は高止まりしていて、たとえ正社員になったとしても、若い新入社員を待っているのは過酷な労働環境だ。ものすごい量の仕事を押しつけられ、多大なサービス残業を強いられて、ストレスと過労でやむなく会社を辞める人が増えている。この仕事は合わないし、これでは身体をこわしてしまうので、いったん退社して、しばらくはつなぎのアルバイトでもして次の仕事を探そう、という若者が多いのは当然のことかも知れない。
ときどき、住宅展示場の案内の看板を持って住宅街に一日中立っている若者を見ることがある。若者は、安っぽいスーツを着て、矢印が描かれた看板を掲げ、四つ角などに立っている。看板を掲げて立っているだけという仕事とは何だろうか。スキルがどうのこうのという前に、しつけのいい犬でもできるし、看板を樹木に固定すればそれで済む。すべてのつなぎのバイトには、看板を掲げて一日中四つ角に立つ仕事に通じるものがある。それは、付加価値の高いスキルの習得とは縁がないということだ。
つなぎのバイトにはリスクがあるが、それは正社員になれば解決するというものではない。しかも、つなぎのバイトの主要なリスクとは、労働者としての保証がほとんどないということではない。他の分野でも生きていけるという知識やスキルを習得するチャンスがほとんどなく、安い賃金でこき使われる、ということだ。つまり、つなぎのバイトで生活している若者は、自分という資源を安売りしていることになる。1時間800円で、自分の人生の可能性を切り売りしているのだ。
つなぎのバイトは、経営者・労働者の双方の需要があって自然に生まれ、成長して定着し、巨大な労働市場になった。つまり、気軽に働けていつでも辞められる職場を労働者が求め、安価でいつでもクビにできる労働力を経営者が求めた結果、生まれたものである。政府主導で作られたわけではないし、経済団体や組合が新しく市場を整備したわけでもない。潜在需要が供給システムを生むという資本主義の原則に従ってできた。だからそこでは冷酷な経済原則が露わになっていて、忠誠心やコネや相互扶助といった温情主義は排除されている。
現在の経済状態では、そういった労働市場がなければもっと多くの企業が倒れていただろうし、若者の失業はさらに増えていただろう。そして、つなぎのバイトは、ある意味で今後の正社員の労働環境を象徴している。この本の中で繰り返し述べていることだが、大きな会社に入れば一生安泰という時代は終わりつつある。この不況の中でも確実に利益を上げている新興企業は、はっきりとした能力主義・成果主義をとり、中には退職金制度を廃止したところもある。正社員が優遇されているのは基本的に衰退業種・企業であり、いずれは正社員という言葉も死語になっていくはずだ。
つなぎのバイトは、良いものとか悪いものではなく、避けるべきだとか、挑戦してみるべきだとか、そういうものでもない。それは単に必要に応じて生まれた雇用の形で、いい意味でも悪い意味でも資本主義が露わになっている。日本は真の社会主義国家だという指摘もあるが、つなぎのバイトは初めて現れた資本主義的な労働市場だという言い方もできる。その中でどう働くかは、働く人一人一人の姿勢によって違うものになる。つなぎのバイトにモチベーションを発見してコンビニの店長になる若者もいるだろうし、海外留学の資金を貯める若者もいるだろうし、ただ安くこき使われて健康や人生を犠牲にしてしまう若者もいるだろう。つなぎのバイトに何か問題があるわけではない。そこで働く人の人生の戦略が常に問題となるのだ。
村上龍
P.S.明日のための学習
13歳が20歳になるころには
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いろいろな働き方の選択
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IT[INformation Technology]
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環境-21世紀のビッグビジネス
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バイオは夢のビジネスか(commiong soon...)