HOME > 村上龍氏のコメント > 【第1弾】13hwサイトのオープンによせて
「13歳のハローワーク公式サイト」編集長代田が、「13歳のハローワーク」著者である村上龍氏に、このサイトの可能性についてお話を伺いました。
Q.[13歳のハローワーク公式サイト]の可能性について
巨大なウェブになる可能性は大きいと思います。
【代田(編集長)】 まず私の自己紹介を含めて、簡単に本の感想を述べさせていただきます。私は以前に人材情報誌の出版会社にいたので、この本が出版されたとき、子どもたちに対するメッセージ性や働くことに対する考え方を含め、「すごい本が出ちゃったな」という感想を持ちました。
案の定100万部を超えるベストセラーになりましたが、注目されていく中で、私はこれがすごくウェブ向きではないかなと思ったんです。龍さんの中では、本からウェブへの展開については考えられていたのですか。
【村上龍氏】 いや、さすがに自分では時間的余裕がないので考えていませんでした。しかし、構造としては、まず「何とかが好き」という、「自然と科学」「アートと表現」なんかの大きな枠があって、そこからツリー状に項目が伸びていくんですよ。「自然と科学」から、「火と炎と煙が好き」「動物が好き」「虫が好き」「花や植物が好き」と、そこからまた派生して仕事を紹介していったわけです。
だから、実作業をしているときに、もしかしたら絵本よりもウェブのほうがわかりやすいんじゃないかなという思いは、何度か持ちました。
実際に今回のウェブサイトを見て、本は「好き」から派生したものをツリー状に見せるデザインになっているんですが、ウェブの場合は、それだけではなく職業からも検索できるし、マップ(俯瞰図)からも探していけるので、あの絵本をもとに、こういったウェブサイトができるのは嬉しかったです。
【代田】 この本を買って本棚にしまったままの人でも、インターネットを利用する機会は多いと思います。ウェブサイトを見て、もう一度本棚から取り出してみたり、また本が売れたりという効果も期待しているんですが。
【村上】 100万部も売れたんで、それ以上はあまり期待していないです。それは売れてほしいですが。
ただ、本は、出版後に新たな情報を詰め込むのはほとんど無理なんですよ。改訂版をつくるしかないんです。ところが、ウェブの場合には、好きから入って、実際に仕事をしている人の声やいろんなところに飛べるんですよね。例えば専門学校に飛んだり、仕事を募集している企業のページに飛んだり、企業の人事部のインタビューに飛んだりできる。だから、ツリー状だけれども、いろんな項目から無限大につながっていくんで、それはもう大きな可能性があると思いますよ。『13歳のハローワーク』の後に新しく生まれた職業もあるし、「職業群」みたいなものもある。どんどん情報も付け足せるし訂正もできます。
それに、今は映像をネットで見る時代だから、お花の先生が実際にどういうことをやっているか、溶接工はどう難しいのか、それをムービーで流せるわけで・・・
こうやってしゃべっていて気付いたんですけど、ほんとうにウェブ向きだなと思いますよね。
【代田】 今後の予定としては、まさに今お話しされた映像の動画配信をしたり、好きを仕事にしている人のブログと連動させたりしたいと考えています。好きな仕事をしている人たちがメッセージを送り、大人の知恵やノウハウを子どもたちにどんどん伝えて、コミュニケーションできる場になれば素晴らしいなと思っています。
【村上】 そうですね。ウェブはWorld Wide WebだからWWWなので、ほんとうにクモの巣みたいに広がっていきます。それがインターネットの凄さなわけですから、子どもからの質問も増えてくるかもしれないし、答える側も、いろいろな人が答えてくれるかもしれません。また、実際に仕事を探す場合の条件や、自分がやりたいことと出来ることのギャップ、能力、足りないもの、そういったことについて、今度は求人する側の企業から逆に具体的な答えが出てくるかもしれません。
だから、あの本を作るときにはそこまで考えていませんでしたが、今改めて考えると、これはものすごく巨大なウェブになる可能性は大きいなと思います。
Q.[13歳のハローワークマップ]について
仕事というのは、曼陀羅というか、宇宙みたいに、お互いに関わりがあるものなんですね。
【代田】 今回新たに制作した「13歳のハローワークマップ」について、コメントをいただきたいと思います。これは514の職種が1枚で俯瞰できる形なのですが、こういった発想も当初からお持ちだったのでしょうか。
【村上】 これを見て、いい発想だなと思ったんですけれども、本の場合は、結局、ページを繰っていったり、自分の好きなことから仕事を「読む」という感じなんです。もちろん、本でも1つの仕事からそれに関連した仕事を紹介していますけれども、実際に仕事というのは、この図のような曼陀羅というか、宇宙みたいに、お互いに関わりがあるものなんですね。
例えばバーテンダー、ソムリエ、パティシエとあって、本で見ていくと、その距離感はわからないんですが、これを見ればわかります。お笑いタレントとバーテンダーと宇宙飛行士がどういう位置にあるかというのも、これを見るとよくわかります。翻訳家と通訳とは関係していますが、それが大きな俯瞰図の中で隣り合うことが、ひと目でわかる。これは本ではできなかったと思います。
要するに、ある仕事とある仕事は横に関連があることが、ひと目でわかります。あるいは、製品をつくる仕事があって、マーケティングする仕事があって、売る仕事があって、宣伝する仕事があるというつながりもあるから、仕事や職業は箇条書きにずっと並んでいるものじゃなくて、縦にも横にも関連づいています。
そういった意味でも、これは非常にわかりやすいと思いますよ。
【代田】 ウェブではこれをさらにダイレクトにつなぐ形で考えています。
ところで、「労働省編職業分類」によれば、職業名で2万余、細分類でも2,000を超える職種があるのですが、龍さんがこの本をお書きになる上で、500職種程度に絞った理由はありますか?
【村上】 サラリーマンやビジネスマン、それにエンジニアという職業に関して、いろいろと考えた末に、本の中ではあえて簡単な紹介に止めました。
サラリーマンの代表とも言える営業という仕事を考えると、子どもはたとえば「自動車の営業になりたい」と考えるわけではないと思ったんです。営業という仕事では、コミュニケーションスキルが一番大事なので、いろんなことに興味を持った上で、コミュニケーションスキルを自然に会得していけば、営業の仕事はできるかもしれない。エンジニアにしても、自然科学やITに興味を持っていけば、いっぱい種類があるエンジニアのどこかにたどり着くかもしれないというのがありました。
Q.書籍「13歳のハローワーク」出版後 改めて感じたこと
「人生というのは、楽しいだけのものじゃない」それを子どもに言うのは、僕はやっぱり嫌です。
【代田】 さて、話は少し変わりますが、出版してもう2年が経ちますが、出版後、作家村上龍さんがこの本を書かれたことで、世の中の龍さんを見る目が変わってきたんじゃないかなと思うんですが、その反応に関してはいかがですか。
【村上】 確かに、「とても『トパーズ』と同じ作家の仕事だとは思えない」という声もありました。でも、イメージが変わることはないんじゃないか、というより、ぼくはそういった作家イメージにはほとんど興味はありません。まあ、『13歳のハローワーク』を100万部売った後に『半島を出よ』を書いていますし、啓蒙家になったというわけではないですから。僕にとっては、伝える価値のある質の高い情報を発信できているかが問題で、作家イメージなんかどうでもいいことなんです。
ただ、『13歳のハローワーク』は案外毒を含んでいる本で、自分で考えずに上からのオーダーに従ったり、我慢していれば何かいいことがあると思ったり、自分で意見を言わなかったり、自分を殺してある集団に忠誠を尽くしたり、そこである種のセーフティを得て庇護を受けるという考え方は明らかに非合理的だと、そういうテーマに貫かれています。「誰もあなたの代わりに生きてはくれない」ということです。そして、自分が生きていくことを支えるのは仕事で、それなら、いやいやながらやる仕事よりも、例えば2日間徹夜しても全然飽きないような、自分に向いたことをやったほうがいいに決まっている。言われてみれば当たり前のことですが、ある種の人たちにとってはものすごくリアルで耳の痛いことで、「現実を無視したことを言うな」という意見が、たとえばアマゾンのレビューとかにも多くありました。
「はじめに」ではっきり書いたのですが、「この世の中には2種類の人間・大人しかいないと思います」に続く一文がシビアだったんだと思います。それは「金持ちと貧乏人」でも「悪い人と良い人」でも「利口とバカ」でもなくて、「活き活きと充実感を得ながら仕事をやっている人と、そうではない人の2種類だ」と書きました。それは、自分はいやいやながら金のために仕事をやっていると思っている人にとって、極めて不愉快な事実だったわけです。
ただ、そういう人たちの言い分もわかるんですよ。みんながみんな好きな仕事につけるわけじゃない、みんなが嫌がる仕事をやっている人もいるんだと言うんですけれども、これは子どものための本です。だから、「仕事というのはつらいもので、一番必要なのは我慢だ」とは、僕自身が子どもに言いたくないですし、誰かがいやなことをを我慢したり、苦しそうに何かをやらされているのを見ていると、とても不快になってくるんです。たとえば自分の子どもには、お金もそんなに儲けなくていいし、偉くなってくれなくてもいいから、いきいきとしていてほしいんですよ。それをやるのが楽しくてしようがないという子どもを見たいんです。それがベースにある本なので、『13歳のハローワーク』に対しての批判で、「人生というのは、苦労と我慢の連続だ」と言う人のことも少しはわかるんですけど、それを子どもに言うのは、フェアじゃないと思う。すべての子どもには、活き活きと生きていけるというか、活き活きと充実感を持って働くことができる可能性があると思うからです。
Q.[13歳のハローワーク公式サイト]の読者にむけて
好きなことや自分が興味を持てる職業は探して見つかるものじゃないんですよ。
【代田】 今回のこの本の読者アンケート葉書を見ると、約75%が女性で、そのうちの約半分がお母さんです。そこには「子どもたちに夢を伝えることができるようになりました」というコメントが実際に多かったと思うんです。 そういう意味で、13歳ぐらいの子どもを持つ親に対しては、今どんなメッセージがありますか。
【村上】 メッセージは特にありません。『13歳のハローワーク』という本そのものがメッセージですから。でも、この本を作った後で気付いたことがあります。それは、好きなことを「探す」という風に勘違いしやすいということです。好きなことや自分が興味を持てる職業は、探したからといって見つかるものじゃないと思うようになりました。例えば、自分は宇宙のことが好きだな、お花が好きだな、物を書くのが好きだな、人間のことを考えるのが好きだな気づいたあと、好奇心を消さずに、世界に対してオープンになっていれば、「いつか出会う」というニュアンスじゃないかと。
お腹ぺこぺこの人が山に行けば、キノコを見つけて「これは食べられるかな」と考えるけど、満腹で山に入ってもそういうことに興味は持たないし、注意を払わない。それと同じで、自分の興味の対象をぼんやりとでもいいから心のどこかで捉えていると、テレビを見ていても、「あれ? なんかワクワクするけど、これって何?」と感じで、出会うんですよ。
僕が例えば『半島を出よ』という作品を書くときは、もう北朝鮮のことで頭がいっぱいで、思いつくと、すぐメモします。テレビでニュースを見ていてもメモするし、新聞を読んでも、誰かが何か言っても、インターネットを見てもメモする。それは、僕がある種の情報に対して飢えているからです。別に24時間探すわけじゃないですよ。飯も食うし、小説も書く。ただ、頭のどこか片隅に、好奇心とミックスさせた何かに対する飢えがあるわけですよ。そうすると、何かの拍子に反応するんですよね。でも、それがない人は、ひょっとしたら、その人にとって一生付き合っていける大事な仕事の芽かもしれないのに、すれ違ってしまうかも知れない。
だから、興味の対象の発見は、宝探しみたいに「探す」というニュアンスではないんです。普通に生きているんですが、学校に行ったり、スポーツしたり、友達と遊んだり。そういういろんな人間や情報に触れていく中で、いつか出会うんです。
好きなことを「探しましょう」ではなくて、「自分は何が好きか」を頭の片隅に置いて、好奇心を失わず、日々を生きる。それで、出会ったときに自分の中の受容体みたいなものが反応できるかどうかが問題なんです。「自分には、ワクワクできる対象がきっとあるはずだ」と心のどこかで思っていないと出会っても気づかない。
だから、子どもに向かって「人生は苦労と我慢の連続だ」と言うのは、好奇心を摘んでしまって、出会っても気づかない状態にしてしまうという大きなリスクがあるわけです。