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回答・コメントする(No.8270)
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日本史の必修化、みなさんはどうお考えですか?
[Q] 東京都教育委員会は、新学習指導要領が完全実施される2013年までに、全ての都立高校で「日本史必修化」を決定しました。日本史は「日本人としてのアイデンティティをはぐくむために重要な科目」と位置づけられているようです。現在、高校では世界史が必修科目で、日本史と地理が選択科目になっています。
他県では、神奈川県と横浜市の公立高校が、すでに導入を決定しています。(2010年度、導入予定)
この日本史必修化にあたって「日本人なのに自国のことを知らなすぎるので導入することは良い」という賛成意見もあれば、「大学受験に必要ない理系学生には負担」という反対意見もあります。
みなさん、日本史必修化についてどうお考えですか?
ご意見、お待ちしております!
~machoさんへ~
こんにちは。中1です。
machoさんの考え方、すごく共感しました。
小学6年生で歴史はさらっと全部やるんですが、私の担任の先生が歴史好きだったこともあり、特に戦国時代などをかなり深く教えてくれました。
ですが・・・machoさんの言うとおり、太平洋戦争あたりはもう時間がなかったらしく、教科書を1回読んだくらいで終わった気がします。
中学校でもっと深く歴史を勉強するからとはいえ、すごく大事なところに限って教科書1回読むだけっていうのは・・・仕方なかったのかもしれませんけど。
今も昔もあまり変わらないのかもしれませんね。
すみません、思ったことがあったので書き込ませて頂きました。
私は賛成です。
他人の人生や出来事を知ったら、自分の人生の参考になることもあるかと。
例えば、私は思いついたらすぐ実行しちゃうタイプなのですが、徳川家康などのように辛抱強く待つ、ということもやっぱり大事だな、と感じたことがあります。
理系学生に負担、というのもわかるし、そんな偉そうなことも言える立場じゃないけど、歴史も並行してしっかり勉強できる人は、他の科目もちゃんとできると思います。
海外の人に胸を張るためにも、たくさんの人が学習すべき科目だと考えます。
私は賛成です。
詰め込み教育と呼ばれる教え方は、改善すべきですが、
歴史から学ぶ点は多いと思いますので。
特に反面教師の場合が多いですね。
「過去の同じ失敗を繰り返さない」ためにも、
「日本史」は必修にすべき知識かと思います。
(特に戦争の辺りは教えないと)
外国人と接する機会が、今からの若い世代には増えていくと思います。私自身も、職に就いてからそういう機会が増え、日本のことをもっと勉強しなお差なけらばと感じることが増えました。
日本史だけでなく、「日本語」という言語についてももっと知っておきたいと思うことも増えました。
日本の歴史は、小学校6学年から学習を始めます。歴史上の人物や出来事を学習するのが中心です。それから再び、中学校でも「歴史」の学習を深めます。教える側(教師)が、教える内容を精選し、理系の学生にも負担にならないような評価の方法を工夫すればいいのではないかと思います。
どちらでもないに投票しました。
私自身が学校で史学を勉強している身なので、自国の歴史を知るというのは重要な事であると身を持って知りました。
しかし今の教育では暗記項目で終わるのみではないでしょうか?
理系の方にはそれこそ精神的にも時間的にも苦痛では…。
一意見ではありますが、博物館などに行って本物を実感した方がよほど早いかと。
教えるなら教えるでこれから重要な範囲で教えられてない大戦後だけ、とか
『歴史』になる歴史を教えるべきでは。
授業として必須というより教養として必須と思っています。可能なら世界史も勉強して世界史の中での日本史を認識しておくべきだと思います。
はいに投票しました。
日本史と言ってもAなのかBなのかにもよりますが、母国について知ることに損はないと思います。今、日本国内でも国際化が進んでいる中、もし将来外人の友達や知り合い、或いは会社の上司などがいた場合、「日本はどのような国なのですか?」と聞かれた時に答えられないのは恥ずかしいと思います。海外の方は自分達の国について良く知っていることが多いです。そんな中で日本人だけが自分達の国について知らないとなると、やはり外人の方から「あれ?」「日本人は自分の国ついてなんにも知らないんだ」と思われてしまうと思います。
若輩者が生意気言ってすみません。あくまで私一個人の意見です。
どちらでもない、に投票しました。
海外に出た時に改めて日本の歴史について
知らない、話せない自分に気付かされましたが、
やはり必要性を感じるから意欲的に吸収するのであって、
カンペしたり、一夜漬けの知識を強いるよりは、
自主的に選択の方がいいのかなとは思いますし、
それでもやはり一般常識程度には知っておいたほうが
いいのかな、とも思います。
識者の意見をお聞きしてみたいですね。
賛成です。
今の人は、自国の歴史について知らなすぎると思います。
外国の人に日本ってどんな国?どんな歴史があるの?と聞かれて
答えられない、という話は良く聞きますが、
それを、すごい恥ずかしいことだと思ってほしいです。
自分の国に対する無関心さ、友人と話していても分かります。
このままだと、WW2のときのことなんかも忘れ去られてしまうんじゃないかと思います。
とにかく、「自分の国について堂々と言えてやっと、世界に認められる」ぐらいの考えを持ってほしいです。
歴史についても、文化についてももっと関心を持ってもらいたいと思う、今日この頃です。
どちらでもないに投票しました。
大学で歴史関係の学科でしたが、正直受験に使った勉強なんてあまり使いません。
ですが、知識として、見聞を広めるきっかけとして、教えてもらえる機会があるのは高校までです。
それを踏まえて、必修化にはどちらかというと賛成ですが、強制力を持たせるという意味では賛成できません。
日本人は頭が固いよ。
私は日本史をかなり詳しくやっていて、
今でも日本史の勉強は趣味として行っている者です。
多分・・・日本史という勉強の枠で見れば、
単なる理系にとっては苦痛の勉強 としか見れないかもしれませんが、
日本史という教科が自分の能力にどの様な強化を施しているか
を考えた事があるでしょうか?
確かに・・・自国を知り、外国の方と話す時に必要という事は確かです。
ですがもっと重要なのは、
【日本史をやる事で、未来を見通せる】
これを行ったら、後がどうなるという道筋を作る能力が高まるんです。
過去を勉強するのは、未来を見る為。
この能力を鍛えるには、日本・世界史どちらともやらないといけないと思います。
私は賛成です。
なぜ歴史を習う必要があるの?
大人になってから役に立つの? という声をよく耳にします。
それは、過去の出来事を知り、見極めることで、もう2度と同じ失敗を
繰り返さないと思うからです。
なので、日本史を習うのは当たり前で、自分の国のことくらいは
覚えて全く損はないと思います。
日本史を多くの子供たちが積極的に学ぶことには賛成。そして、その場が与えられることにも賛成。歴史はアイデンティティや誇りにつながり、これらは個人や集団としての倫理観に繋がります。
「高校」で、日本史という「科目」を、「必修」とすることを是とするかどうかには、高校の役割、日本史という科目の内容、必修化することで切られるほかの何か、これらを考える必要がありますね。もし、高校が大学受験のために試験用の知識を詰め込む場であれば、全員に日本史という科目を履修させることに意味はないです。高校がやはり人間形成の場であり、日本史の科目に中学2年で習った知識をより深め、それぞれの時代に生きた人たちが何を考え、どんな行動をおこし、それがどのように私たちの生活につながっているかを話し合う機能があるならば、是非必修にするといいと思います。
外国人が、日本史を日本人に教える、こういう場面を見たことがあります。本来ならば、逆であるべきです。なぜなら、私達は日本人なのですから。
こんな当たり前のことを真剣に議論する不思議な国、ニッポン。
過去があって今があるのです。そして歴史は繰り返します。
衰退国家ニッポン、今の我が国を一言であらわすと”全国民の自信喪失”です。
さて、この国家の危機的状況を打開するカギが、歴史を振り返ることにあります。
若者の中には、こんな日本に誰がした!と怒りが起こるかも知れません。
そうなんです、皆で渡れば怖くない、と誰かに教わった大人たち全員の責任です。
特に私たち”ダンカイ世代”と呼ばれる60歳から63歳世代の責任が重大です。
大勢の仲間と共に、イケイケ、ドンドンと日本を引っ張ってきたのです。
バブルを起こし、そしてバブルにつぶされたのです。
私はそのダンカイ世代の一人として、責任の重みを痛感し、今後の日本を担う
若者たちに私の経験知を伝えていきたいと考えています。
それにしても、若者たちが結束し現状の打破に立ち上がらないのだろうか、
と考えさせられました。常識を常に疑う私は、教育とは一方的に教師から
与えられるものではなく、生徒からもこんな教育を受けたいと、積極的に
発言できる機会は無いのかと不思議に思います。
和を尊ぶ社会ニッポン、出る杭を皆でたたくニッポンでは
私は異端児なのかも知れません。
日本人として、母国の歴史を学んで悪いことなんて一つもないと思います。自分の国の歴史は、しっかり学び、海外の人や、子供などに伝えたほうがいいと思います。
ちょっと迷います。ですので、どちらでもないに投票しました。
自国の成り立ちを知ることはとても大切なことだと思いますが「日本史」でなくとも良いかなという気はします。
どの分野を必修化するか、という問いかけには少し疑問が残ります。もちろん日本の歴史をしっかり学ぶという姿勢は必要だとおもいますが、その科目だけを必修化して終わるのはどうかと思います。
学校を卒業しても社会人になっても、生きている限り勉学は欠かせないものです。生きている間に、日本や世界の歴史だけでなく、さまざまなことを学んでいけばよいのではないかと思います。
時刻の歴史を正しく知ることが自国の誇りを育てることとなります。
賛成に投票しました。
すでに意見もあがっておりますが、やはり日本人なのに日本のことについて説明できないというのは恥ずかしいことではないでしょうか。
私が留学したときも、自国の文化を説明するという授業がありました。
さまざまな質問をされましたが、外国人は日本人より日本に詳しいのではないか、と思うほどの知識がありました。
外国の文化を学ぶことも大切ですが、自国のことがまず一番だと私は考えます。
どちらでもいいと思います.
私の卒業した高校は,文系であろうが理系であろうが,理科は「物理/化学/生物/地学」,社会は「地理/日本史/世界史/倫社政経」すべて履修しました.ついでに,数学(微分積分・確率統計を含む)も全科目履修していましたよ!
でも思うのですが,「●●の負担が」だとか自国の知識が,だとかいう大義名分がどうして必要なんですかね.すべて「知的好奇心を満足させる」という一言に集約することはできないのかしらん.
確かにウチの奥さんなどと話していると,あまりの歴史的知識の無さに愕然とすることがありますが,それは学校で云々と言うよりは,自らの教養の問題なのではないかと思います.正直,学校で勉強を教わるなんて甘ったれちゃイカンと思いますが.
通信簿の評価が,世界史「1-2-2」日本史「2-2-1」(いずれも5段階評価)だった私が言うのも変ですけどね.
『大学受験に必要ない理系学生には負担』という意見があるようですが、そういう考え方からして改めないといけませんね。
中学校でも高校での経験ですが、通年で日本史をやると太平洋戦争辺りで年度末が近くなり、巻き進行になることがあって、割と重要なはずの出来事が雑になっていたように記憶しています。もう20年ほど前の話ですが…。その辺り、今はどうなんでしょうか?
もし変わっていなかったとすれば、その方を問題にすべきと思います。
学生が、留学生に日本の歴史や文化を聞かれて、知らない、一度も観たことが無い、触れたこともない。
留学先で、日本の歴史や文化を聞かれて、答えられない、教わる、何の見識もない。
それが日本の現状で日本の恥と言われるもの。
まぁ、それを恥ずべきことと思わず、「恥」を知らないことも恐ろしい。利益優先で「財」だけを目的としてきた日本ならではの新たな恥の文化なのかもしれないが。
たとえ立派な人になっても、流暢に語学が出来ても、外国人に質問された時に、自国の歴史や文化を自信をもって話せないのは情けない。これは私が海外生活の中で感じたことです。私は日本史は大学受験の為に選択して学びましたし、美術大学に進学したので文化面も多少は学びました。仕事上も結構文化面も詳しいツモリでしたが、それでも再勉強を必要としました。外国の人々は職業上でのエキスパートは当然として、プライベートでは仕事の話はほとんどしません。パーティで自国の歴史と文化を自慢し、こちらにも聞いてきます。それが会話であり、相互に友人として興味深いかどうか、理解し合えるかどうかを推し量る大切な事でした。世界に誇れる長い歴史と文化があるにもかかわらず、世界で知られている日本の歴史は、第二次世界大戦と広島の原爆。特に将来海外に出てゆく人は、胸を張って「日本」を語れてこそ認められることを知っていて欲しい。追伸:富士山はなぜ素晴らしいのか説明できますか?勿論、その形は美しいのですが、好みもあります。単に高さでもなく、富士山は<単体で平らな場所にそびえている>ということが世界で稀なることなのだそうです。私達はもっと日本を知りましょう!まずは歴史から!と思います。