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回答・コメントする(No.6085)
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【★★結果レポート掲載★★】 一般の国民が有罪か無罪かを決める裁判員制度、あなたはどう思いますか?
[Q] 被告人が有罪か無罪か、有罪だとしたらどんな刑にするべきかを国民が決める、裁判員制度が今週5月21日からスタートします。
20歳以上の国民が対象で、選ばれると殺人や、放火などの重い犯罪の刑事裁判に参加する事になります。
今、中学生だと早くて5年後、高校生だと2年後には選ばれる可能性があるわけです。
この裁判員制度、みなさんはどう思いますか?
みなさんのご意見、お待ちしています!
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↓↓↓皆様から頂いたご意見をまとめました。↓↓↓
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投票結果(2010年1月15日現在)
総投票数:38票
賛成:21票 反対:12票 どちらでもない:5票
★賛成意見
一番目立つ意見としては、「裁判員に選ばれるのは凶悪な事件に関心を持つきっかけになる。」「人を裁くことで、責任を個人個人が実感できるようになる。」など、我々日本人の他人任せすぎる考えを改めるようなものでした。また、量刑に関する意見もあり、「現在の裁判官だけでは過去の判例に照らした量刑以上の判決を与えることは、説明がつけにくい。裁判員の参加によって、国民の意志としての加重がかけられるかも知れない。」という変化を求めるものもありました。
ただし、現在の制度すべてに賛成、というわけではなく、「裁判員に選ばれた方へのアフターケアを政府はもっと考えるべき。」というものや「自分の意見・意思をはっきり持ち 堂々と述べる。」など周りに流されないようにしなければならないという注意点も指摘されました。
★反対意見
中高生からの反対の意見が目立ちました。その意見としては、「荷が重い」、「裁判についてあまり知識のない人に判決を下されることに対して、遺族の方はどう思うのか」、「プロでも防げない冤罪を防げるのか」というものでした。
その他の意見としては、「日本人の意識レベルでは、とても無理な絵空事」「仕事との兼ね合いがうまくいくのか疑問」等でした。また、「裁判自体を見たことも聞いたこともない人が容疑者を正しく理解し、正しい判断を下せるのか」、「国家のサポートがあまりにも少ない」という意見もありました。
やはり、反対意見の中にも、このポイントが改善されれば賛成、という意見もあり、「制度としてある程度道筋が見えるようになってから自分が参加することと、今すぐ参加することでも全然違う」、「裁く専門家(裁判官)が、場を誘導せず感情的にならないようにして欲しい。」というものでした。
★どちらでもない
「この制度を取り入れるにはまだまだ準備が必要だと思う。」「司法の仕事をしている人達ですら、納得していないのに、ほとんど知識のない素人に自分たち(裁判)の仕事をわかりやすく説明して、人を裁かなければいけないというのは無理があると思う。」など、制度自体には賛成であるが、現時点では無理がある、という反対意見の方の発言に近いものが多かったです。
賛成意見、反対意見、どちらでもない、と三つに分かれましたが、どのグループも制度には賛成的であり、制度の問題点に対する考えの違いで意見が分かれたようでした。日本人の意識レベルの問題でもあり、これからこの制度がもっと身近なものになるのであれば“他人任せ”な我々の考えを改めなければなりません。裁判員制度はまだ始まったばかりで様々な問題が指摘されていますが、これから回を重ねるごとに良い方向へ進むように、国民全員が考えていく必要があるのかもしれません。
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↑↑↑ご意見、ありがとうございました。↑↑↑
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私はどちらでもないですね。
裁判員制度を取り入れるのはいいことですが、司法の仕事をしている人達ですら、納得していないのに、ほとんど知識のない素人に自分たち(裁判)の仕事をわかりやすく説明して、人を裁かなければいけないというのは無理があると思います。
本職としている裁判官の方たちや弁護士の方たちは毎日大量の仕事を抱えているのに、その中で一般の方たちにあれやこれやと説明するのは大変です。
また、選ばれる一般の方々も自分たちの仕事を中断してまで不安でいっぱいの課題に取り掛かるのは大変だと思います。
この制度を取り入れるにはまだまだ準備が必要だと思います。
まずは選ばれる側の人たちが“人を裁くこと”を学ぶべきだと思います。
反対です
本当に司法に詳しくない人が被告人を裁くことはとても危険なことだと思います。
被害者感情のことを考えて、より重い罰に、と思ってしまう人が多いのではないでしょうか。
もし私が将来裁判員になったとしても、平等な立場をとれる自信がありません。
自分が出した判決で、被告人の人生が大きく変わってしまうかもしれない、ということに耐えられるかもわかりません。
また、司法に詳しいプロが行っても防ぎきれない冤罪を、一般人の、それに多くは被害者寄りの感情を持っている人に、防ぐことができるでしょうか。
被害者にとっても、被告にとっても、そして自分にとっても不利益な制度だと思います。
どっちつかず・・・だと思います。
自分という小さな存在ひとつで、その人の人生を棒にふるのはあんまりだと思うし、
かといって無頓着のままでるのは、人として考えることがあります。
難しいところですね。。。
ぼくも賛成で、一般的な感覚で判断ができると思うので、いいと思いました。あと、個人的な意見ですが、裁判に影響できるのはなんかいいと思いました。
賛成で。
裁判官は法律に基づいて裁きます。
ので法律に引っかからない限り〈証拠がない等〉例えその人が99%
重い罪を犯していても、無罪or軽い実刑程度にしかなりません。
だから裁判官は私たちなどの客観的な感覚と少しズレているのかもしれません。
そこで市民の感覚が現在の裁判には必要だと思います。
裁判官も減少傾向にあるようですし、いい制度なのではないでしょうか?
でも、裁判員に選ばれた方へのアフターケアをもっと政府は考えるべきでしょう。
総論賛成、(現行法)各論反対というのが実際のところです。
総論賛成である理由は、2つ。
主権者たる国民が裁判に無関心ではいられなくなること。
法律家だけの密室の判断よりも、可能な限り開かれた裁判を目指すことになることが総論賛成の理由です。
各論反対の理由は、守秘義務の義務の重さにたいして、国家のサポートがあまりにも少ないことです。
投票には賛成と入れてしまったのですが、良く考えたら反対だと思いました。
裁判員制度は自分のことだけじゃなく、相手側のこともきちんと考えなければならないと思います。少しでも間違えてしまえば相手の人生が狂ってしまうかもしれません。
ましてや、日本人は、アメリカ人やほかの国の人たちとは違い、消極的な人が多いと思います。そんな私たちに裁判員制度は負担が大きいのではないのでしょうか?
裁判員制度を行うのであれば、裁判員制度や法律を良く学び、もっと自己主張できるようにした方が私はいいと思います。
私は裁判員制度に反対です。
一般の人もいたほうが判決を客観的に決めるのには良いと思っている方もいらっしゃるのかもしれません。
そういった方でこの文章を読み、気を悪くされたらすみません。
しかし、被害者の方の遺族の方々は裁判についてあまり知識のない人たちから判決を下されることをどう思っているのでしょうか。
もし私が遺族の方の中の一人なら、自分達の大切な人を殺めた人を許せないと思いますし、そんな過ちを犯した人にはきっちりと罪を償ってほしいと考えるのではないかと思います。
そういったことにもきちんと対応し、遺族の方々のことも考えられ、なおかつ裁判についても詳しく、正しい知識をお持ちの方が一般の方の中にいらっしゃるのなら、私は裁判員制度を行う価値はかなりあると思います。
しかしそのような人がいない限りは、私たちより詳しい裁判についての知識を持った裁判官の方々に判決を下していただいたほうが良いのではないでしょうか。
私は反対です。 中学生のくせに、すいません。
やっぱり、荷が重過ぎると思うんです。
自分の考え1つで、その人が本当は無罪なのに、有罪になったりしたら、
ほんとうに、申し訳ない ではすまされませんから・・・。
ヤクザとかだったら、逆恨みされて、なにかあってからではおそいんです・・・。
それに、裁判員の人も、大変だと思うんです。
家や、仕事もありますし・・・。
だから私は、「裁判員制度は、どうかなぁ~。」と思います。
正直半々です。
日本人は、人任せな部分があるのでこれを機会にたくさん学べるかと思います。
しかし、この制度をアメリカを目指しているように感じます。素晴らしい事ですが、日本人は、アメリカの方と違って引っ込み事案な部分があります。少し、厳しいのでは?と思う部分もあります。
先日、何故裁判員制度が実行されたか理由を調べてみました。
公式HPには、国民の皆さんにわかってほしいような事が書かれていましたが・・・少し納得がいく説明がないように感じました。
正直な気持ち良い機会ではありますが、不安がいっぱいです。
もし、本当に加害者が無実なのに有罪になってしまいその人の人生狂わせてしまったら・・・と思うと胸が苦しくもなります。
今後、いろいろ問題を抱えることになると予想しながらも、あえて賛成。
法務省のホームページから、対象となる裁判というのを見ると、
凶悪な犯行による刑事事件であることがわかります。
有罪か無罪か判断に迷うような微妙な事件や、離婚、損害賠償請求のような民事は
対象ではないようです。
これまで、凶悪な犯行を起こした犯人に対する裁判では実刑でも10年未満、
場合によっては執行猶予が付く判決に対して、国民の声としては甘すぎるという
風潮が強まってきていたように思います。死刑に相当すると世論が支持しても、
結審は無期懲役となり、実質的に7~8年で刑期を終えるというような。
これに対して、国民の実感を取り入れた、これまでの判例を覆す重い刑を与える
ことが期待されているのではないでしょうか。
おそらくは、現在の裁判官だけでは過去の判例に照らした量刑以上の判決を与える
ことは、説明がつけにくい。
そこで、裁判員の参加によって、国民の意志としての加重がかけられるかも知れません。
そう考えると、積極的に参加を希望する人は思っているより多いのではないでしょうか。
賛成です。
良心に照らして決めるべきです。
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世間のニュースを観る限り、わたくしが受ける印象は
責任から逃れたい
人を裁くことで自分が罪の意識を負うのではないか
面倒は避けたい
などが見え隠れするような気がします。
しかし、他人の悪を見てみぬ振りをするのは 自分もその悪に加担したと同じことだとおもいます。
反対に投票しました。
理念としては賛成したい部分もあります。
私は公務員なので陪審員として参加することに、比較的協力体制も整っています。しかし仕事との兼ね合いがうまくいくのかは疑問が残ります。その部分がクリアできるのかが1つ目の理由。
2つ目は、裁判自体を見たことがない、聞いたことがない人が凶悪犯罪を犯した容疑者について正しく理解し、また正しい判断を下せるのか不安です。ある程度の勉強は自分でしました。しかし自分の意見が多くの人の人生を左右させるとしたならば、軽々しく意見は言えない。いや十分に考えて話したとしてもはたして正しいのか?と思って何も言えなくなるのではないのか・・・悩みどころです。
制度としてある程度道筋が見えるようになってから自分が参加することと、今すぐ参加することでも全然違う。よって今の自分は参加できないという結論になります。
賛成と反対がせめぎ合っています。
賛成派としての自分は、
法律でもって人を裁く事で、人を裁くことの責任を個人個人が実感できるようになると思います。
反対派としての自分は、
感情に訴えられ知らないうちに、おかしな決断を下しそうで怖いという事です。
その場は勢いで決断したことを納得できるかも知れませんが、後で後悔する事の方が多いように思えます。
とにかく裁く専門家(裁判官)が、場を誘導せず感情的にならないようにしてくれることを望みます。
自分は賛成です。
日本人は政治にしろ司法にしろ他人任せ過ぎます。こういう機会を通して、少しでも法律に関心を持つようになるべきです。
自分も大学までは根っからの理系人間で、文系の授業なんて全く関心ありませんでした。しかし会社に入って特許の仕事をするようになり、法律も意外と面白いなーと思うようになりました。解釈の仕方でどうにでも事実を歪めることも出来る訳ですから。
反対に投票。
日本では、司法制度改正の市民運動に関わって、証人として証人席に立ったことがあり、海外では仕事で裁判にも関わり、両国で被害者支援をしている経験と、模擬陪審での陰の陪審体験から、現状の日本という土壌と日本人の意識レベルでは、とても無理な絵空事としか思えない。
現在、司法に携わる者でも、確たる信念を持って貫いている者は少数で、頭にサラリーマンや職業がつく程度が多数で、国民ともなれば三権分立程度の教育しか受けていない。
このまま見切り発車すれば、被害者はセカンド・ダメージどころかサード・ダメージを受けることになり、加害者も現状より以上の不当裁判で裁かれることになりかねない。
立場としては賛成。
ある意味、市民運動が働いた一歩とも言えなくもないが、たかだか数年の運動(数回の模擬裁判)が、議論や審議がろくにされないままでの制度化には疑問しかない。運動の中ででてきた問題点もクリアされていないどころか無視しての制度化は、合法的犯罪を生み出しかねない危惧を含んでいる。
賛成です。
三ヶ月ほど前に裁判員制度についてのビデオを見ました。
ここで注意しなければないないことは、自分の意見・意思をはっきり持ち
堂々と述べること。これは最終決定が”声の大きい人、勢いのある人
そして弁舌巧みな人の意見に流されることが十分に予想されることからです。
元来日本人は学校教育の中で討論・ディベートなどの訓練を受けていません。
この制度がこれから長く続くのであれば、まず未来の裁判員候補者のために
中学生のころからその準備を始めることが大切だと私は思います。
それが公平公正な社会をはぐくむ第一歩になると思うからです。
私は賛成です。
皆で事件について考えるのは大切だと思います。
だれにでも、無罪か有罪か決める権利は全ての人にあると思うので、
裁判員制度がスタートになる事は悪くないと少なくとも私は思います。